人が生きていく上で、一番大事なものって、何だと思いますか?
お金?それとも健康?
私は、もしかしたら「愛嬌」かもしれないと思っています。
お金も、健康も、もちろん大切で、生きていくために欠かせないものだと思います。
でも私は、「愛嬌」というたった一つの武器だけで、なんとか日々を生き抜いている人を見たことがあります。
それは、訪問介護の現場で出会った、若年性認知症を患うAさん。
お金もなく、健康もなく、生活の管理もできなくなってしまっている──
そんなAさんでしたが、不思議とまわりの人に助けられながら、なぜか毎日をうまく生きていました。
訪問介護の仕事は、多くのご家庭を訪ねる中で、たくさんの人間模様に出会えます。
時には、自分の常識とはまるで違う世界に触れ、「秘境」に来たかのように感じることもあります。
この記事では、「愛嬌」があるだけで、困難な状況の中でも周囲に支えられ、どうにか生きていけていたAさんのエピソードをご紹介します。
Aさんと出会ったことで、私は自分の人生における「価値観のバランス」を見直すきっかけをもらいました。
これから訪問介護の仕事を始めようと思っている方にとって、少しでも参考になれば嬉しいです。
Aさんはどんな人?
- 65歳・男性
- 若年性認知症(軽度)、糖尿病の診断あり
- 要介護2
- 2階に弟さんが住んでいるが、ほとんど関わりはなし
- 訪問介護は週5回、排泄・清拭・家事全般の介助を実施
生活は荒れ気味、でもどこか憎めないAさん
私が初めて訪問したとき、Aさんは65歳。
若年性認知症と診断されていましたが、まだ軽度の段階で、受け答えもしっかりしている場面がありました。
とはいえ、印象としては少しぼんやりしていて、自分から積極的に話すタイプではありません。必要なことがあれば口にする、という感じで、どこか淡々とした雰囲気の方でした。
Aさんの暮らしぶりは、かなり質素というか、正直に言えば“荒れている”印象でした。金銭管理が難しいようで、お金があればあるだけ使ってしまうような傾向がありました。
あるとき、不意に私に向かってこう尋ねたことがあります。
「お金、ある?」
思わず言葉に詰まるほど驚いたのを覚えています。無邪気というか、悪気のない様子で、親の遺産をすべてキャバクラにつぎ込んでしまったという話も、サラリと語ってくれました。

お金、ある?
赤ちゃんのような、無防備な無邪気さ
もちろん、そうした言動の背景には、認知症の症状があると思います。
ですが、Aさんには不思議と“悲壮感”がありませんでした。
お腹が空いたら食べる。眠くなったら寝る。失禁してもあまり気にしない。
そんな日々を、淡々と、でもどこか朗らかに過ごしているように見えました。
私の中でAさんは、“赤ちゃんのような無邪気さ”を持った人、という印象が強く残っています。
私の訪問介護パートの初仕事はAさん
最初は右も左もわからず、先輩ヘルパーに教わりながら
訪問介護パートとして働き始めた私が、最初に訪問したお宅がAさんの家でした。
最初のうちは先輩ヘルパーさんと一緒に訪問し、仕事の手順を教わりながら、Aさん宅での介助内容を少しずつ覚えていきました。
先輩は、Aさんとのやり取りにも慣れていて、私はその横で洗濯機の場所やキッチン道具の収納位置、掃除機のかけ方のコツなど、実務的なことを覚えるので精一杯。Aさん自身の様子にまで気を配る余裕は、正直ありませんでした。
一人での初訪問。玄関で見た光景にフリーズ
数回の同行を経て、いよいよ一人で訪問することになりました。
やることリストを書いたメモを持ち、緊張してAさんのお宅を訪問したのを覚えています。
玄関を開けると、Aさんが椅子に座っているのが見えたので、「こんにちは」と挨拶して入室しました。
Aさんは「やあ、遅かったね」という感じで迎えてくれたその瞬間──私は固まりました。
……上半身しか服を着ていない!
その違和感のある状況を、全く気にしていないAさんを見て思いました。

……すごい世界に来てしまったのかもしれない。
でも、私は元々、「困った状況の人がどういうことを考えているのか?」ということに興味があって訪問介護を始めたので、そういう場面はむしろウエルカムでした。
「すごいなあ」と思いながら、ゴミ箱に捨てられているズボンとリハビリパンツを片付け、そのほかの仕事をこなしていきました。
高級地で、家賃5千円の貸し屋に住むAさん
Aさんのお宅は、いわゆる高級エリアにありました。すぐ隣のマンションは、家賃が100万円位するらしいとヘルパーの先輩に教えてもらいました。そんな中にポツンと、Aさんの住んでいる古い2階建ての貸し屋はありました。
2階には弟さんが住んでいらっしゃるとのことでしたが、あまり姿は見かけず、Aさんとも関わりは薄いようでした。室内はすきま風が吹き込んでとても寒く、ガスも止められていて、冬場は特に厳しい環境でした。
聞いたところによると、高級地にありながら家賃は5千円で、大家さんもご存命か分からないとか…
それから、ネズミが大量に発生するようで、毎回、訪問すると階段にびっしりネズミのフンが散らばっていました。私が訪問した時には姿は見えませんでしたが、Aさんだけになると出てくるようで、Aさんは見たことが「ある」と言っていました。
やることが盛りだくさんで、とにかく忙しい!
Aさん宅のお仕事は、とにかく忙しいです。
まず、失禁した衣類を洗濯機に入れて回し、夕食と翌朝の分の食事をこしらえて、余裕があれば大まかに掃除をしていく。
そのうちに洗濯が終わったら2階に干す、というのがだいたいの流れです。
日によっては、玄関を開けた瞬間に「これは…」と分かる便臭が漂い、どこに便が落ちているか探すところからスタートすることもありました。
そんな中でも、Aさんはお腹が空くと「お腹すいた」と一言。食事を出すと勢い良く食べ、お礼などは全く言いません。
でも、なぜか憎めないんです。
何となく“可愛げ”があって、「しょうがないなぁ」と思いつつ、つい手を差し伸べたくなってしまう。そんなAさんとの日々が、私の訪問介護のスタートでした。

お腹すいた
見えてきたAさんの問題行動
食べ物は“あるだけ”食べてしまう
Aさんは、食欲のコントロールが苦手です。
冷蔵庫に食べ物があれば、あるだけ食べ尽くしてしまうことがよくありました。
週に1回、生協から届く食料も、放っておくと2日ほどで完食してしまいます。
このままでは残りの5日間がもたないし、健康にも良くありません。
そこで私たちヘルパーは、食料の一部をAさんの目の届かない場所に隠すようにして、少しずつ小出しに提供するよう工夫していました。
トイレでするのも、布団でするのも、自由
Aさんは失禁をしてしまうので、リハビリパンツを履いています。でも、ある時私がキッチンで調理をしていると、Aさんが普通にすーっとトイレに行って用を足しました。
私が、「あれ?普通にトイレに行けるんですね。じゃあ、普段はどうして布団の中でしてしまうんですか?」と尋ねると、一言。
「寒いから」
私は、大砲で撃たれたくらいの衝撃を受けました。
トイレに行けるのに、布団でしてしまう──
「なんて自由なんだ!」と妙に感心してしまいました。

寒いから
向いの家の柿をもいで食べてしまう
ある日、Aさん宅の向かいの家の庭に生えていた柿の木が、突然切り倒されていました。
どうしたのかと思っていたら、理由はAさんにありました。
気が向いたときにふらっと外に出て、向かいの家の柿を勝手にもいで食べていたそうです。しかも、食べ終わった種を庭中に吐き散らかしていたとのこと。
苦情が来たのか、ついに木ごと切られてしまったという話を聞いたときは、「やってしまったか…」と苦笑せざるを得ませんでした。
弟のパンを盗み食いして怒られる
別の日のことです。訪問してもAさんの姿が見当たりません。物音のする方へ行ってみると、Aさんが階段を這うように登っているところでした。
後をつけてみると、向かったのはなんと弟さんの部屋。そこに置いてあった食パンの袋から1枚取り出し、何食わぬ顔で食べ始めたのです。
「1枚くらいならまあ…」と思っていたら、2枚目、3枚目、止まらない。
私が「バレますよ」と言っても、結局4枚も食べてしまいました。
案の定、後で弟さんにバレて、しっかり怒られたそうです。
一般的に見れば、かなり厳しい状態
Aさんの暮らしぶりを一言で言えば、「正直、かなり厳しい」です。
金銭管理はうまくできず、家事もままならず、排泄や清潔の保持も難しい。
若年性認知症の影響もあって、生活全体の管理が崩れてしまっていました。
私はヘルパーとして「そういう状態」として受け止めていますが、もし一般の人が見たら「この状態でどうやって生きているの?」と思うような状況かもしれません。
けれど──
なんだかんだ、やっていけてしまうAさん
不思議なことに、Aさんは“なんとなく”生きていけています。
冷蔵庫に食べ物がある。排泄しても誰かが取り替えてくれる。寒ければ布団で…それもなんとかなる。
もちろん、それは訪問介護が入っているからこそ成り立っているわけですが、それにしてもAさんの場合、“何となく助けられる空気”があるのです。
実は、Aさんはヘルパーたちの中でも密かに(いや、割と堂々と)“愛されキャラ”だったのです。
ヘルパーみんなに可愛がられている理由
他の曜日に入っているヘルパーさんと会うと、よくAさんの話題になります。
「昨日Aさんが、またこんなことやってたんですよ〜」
「えー、それ私の時もやった!」
──そんなふうに、まるでおもしろいペットの話でもしているかのような盛り上がり方。
正直、状況だけを見ればけっこう大変な現場です。
でも、なぜかみんな良く働いてしまうし、気にかけてしまう。
困ったことも笑い話になるような、そんな“人懐っこさ”というか、“妙な魅力”がAさんにはあったのです。
ラムネで眠れるAさん
私自身も、Aさんに対しては“赤ちゃんみたいで憎めないな”という感じを持っていました。
ある日、Aさんが「夜眠れない」と訴えたため、医師から睡眠薬が処方されました。
ところが、Aさんは何錠もまとめて飲んでしまうので危険だということになり、(Aさんには内緒で)代わりに「ラムネ」をお渡しすることになりました。
翌日、Aさんに「昨日は眠れましたか?」と聞いてみると──
「眠れた!」
元気な返事が返ってきたので、「良かったですね」と笑ってしまいました。

よく眠れた!
愛嬌が最強?生きる上で一番大事なもの
愛嬌しかないAさん。でもそれで、なんとかなっている
Aさんには愛嬌があります。
と、いうより愛嬌しかありません。
お金もないし、健康でもありません。自己管理も出来なくなっています。
でも──
その「愛嬌」一発だけで、なぜか人に助けられながら、今日も生きている。
Aさんは、そんな“生き方”を私に見せてくれました。
できたら、「お金」や「健康」もあれば、もっと良かったかもしれません。
でも、Aさんを見ていると、「愛嬌」というものは、もしかすると想像以上に大事なものかもしれない…と思わずにはいられませんでした。
お金や家があっても、どこか寂しそうな人たち
私は訪問介護の仕事を通じて、立派な家に住み、お金に不自由なく暮らしている方にもたくさん出会ってきました。
けれど、その中には、家の中がどこか薄暗くて、寂しそうにしている人というのもたくさん見てきました。
なんとなく人が寄りつかない、ヘルパーが来たとしても、なんとなくうまく働いてくれない──
そういうことは、自分にも起こりうるし、気をつけなければいけないことだと思いました。
愛嬌を手に入れること。それが、私のこれからのテーマ
「お金」も「健康」も大事にしたいですが、「愛嬌」も手に入れられなければ、より良く生きることは出来ないのかもしれない──
Aさんを見て、そう思うようになりました。
とはいえ、愛嬌って、どうやって身につければいいのでしょう?
Aさんに聞いても、きっと答えは返ってきません(笑)。
だから私は思いました。
「それを頭に置きながら、訪問して回ろう」
Aさんとの出会いは、私にとって大きな学びとなりました。
こうして、私の訪問介護パートの日々が、本格的に始まっていったのです。
Aさんのその後と私の中の価値観の変化
低温やけどがきっかけで、訪問介護の関係は終わりに
Aさんは、ある冬の寒い時期、こたつの中で眠ってしまい、低温やけどを負いました。
糖尿病の影響で傷がなかなか治らず、結果として片足を切断することに。
そしてそのまま、ご自宅に戻られることはなく、訪問介護のサービスも終了となりました。
最後に一度だけ、病院へ荷物を届けに行った時のことを覚えています。
それを特に気にしている様子もなく、いつもと変わらないように見えました。
みんなが、今でもAさんの話をする
Aさんとの関わりは終わりましたが、今でも当時のヘルパーさんたちと話すと、必ずと言っていいほどAさんの話が出てきます。
「Aさんが、こんなことしてたよね〜」
「えっ、それ私のときもやった!」
みんな口では「困った困った」と言いながら、なぜか少し嬉しそうに話すのが印象的です。
Aさんは、そんなふうに、記憶に残る存在でした。
「愛嬌」という新しい価値観に気づかせてくれた
私が育った時代は、まだ学歴社会の空気がギリギリ残っているような時でした。
「良い学校を出て、良い会社に入って、たくさん稼ぐ」──
それが“正解”だと、どこかで刷り込まれていたように思います。
私はそのルートにはあまり惹かれず、少しずつ外れていったのですが、じゃあ自分にとっての“正解”って何なんだろう?と、ずっと答えが見つからずにいました。
そんな中で出会ったのがAさんでした。
Aさんを通じて私は、「お金」や「健康」だけでは測れない、“もう一つの大切な力”があることに気づかされました。
──それが、「愛嬌」です。
もちろん、愛嬌だけで生きていくのは難しいかもしれません。
でも、「お金」や「健康」と同じくらい、「愛嬌」という要素をどうバランスよく持って生きるか。
そのことを考えるきっかけになりました。
訪問介護で得られるのは、仕事以上の気づき
Aさんのように、価値観を揺さぶるような出会いがある。
そんなところも、訪問介護の魅力のひとつです。
もしこの仕事に興味がある方がいたら──
きっと、想像以上に深く、豊かな経験が待っていると思います。
この体験談が、そんな誰かの参考になれば嬉しいです。
💡訪問介護パートを始めてみたいと思った方へ
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